2012年5月31日

This is Burton




 「ダーク・シャドウ」を観てきました。60-70年代に放送されていたゴシック・ソープオペラ(要するに昼ドラ)を原作としたティム・バートン監督の最新作です。
 簡潔に言うと、吸血鬼への愛が詰まった作品になっていました。マックス・シュレックやベラ・ルゴシ、クリストファー・リー、古き良き吸血鬼映画へのオマージュがちらほら。クリストファー・リー本人も出演していますが、なんとジョニー・デップ演ずる吸血鬼バーナバスに催眠術をかけられてしまう哀れな町の漁師役。かつてのドラキュラ・スターが吸血鬼に操られるとはなんとも皮肉です。

 今までと違うその雰囲気も、新鮮に思いました。軽快さとダークさが本当にちょうど良くバランスを保っている感じ。ちょっと好きなものを詰め込んだ感が否めないところもありますが、だからこそワクワクしちゃう。余計なことを考えずに楽しめる作品だと思います。キャラクター達も個性の強い人たちが揃っています。特に注目すべきなのは女性キャラクタ—。邪悪な魔女アンジェリークをエヴァ・グリーン、隙の無い屋敷の家長エリザベスをミシェル・ファイファー、彼女に雇われたアル中の精神医ホフマン博士をヘレナ・ボナム=カーター、エリザベスの娘で生意気なキャロリンをクロエ・グレース・モレッツ。強烈な怪女勢揃い。書きながら気づきましたが、キャット・ウーマンの娘がヒット・ガールですね。 

 前作「アリス・イン・ワンダーランド」はちょっと微妙でしたが、今作はとっても楽しむことができました。
 「猿の惑星」以降のバートンはつまらなくなったという声を良く聞きます。中にはヘレナ・ボナム=カーターに捨てられて今の幸福モードが終われば、また昔の屈折した作風に戻るんじゃないかなんてことを言い出す人さえいたりします。それはなにか違う気がします。どうして彼の不幸を願わなければいけないのだろう。芸術家とその作品は時が経つにつれて変化していくものであることは間違いないし、作品を作る人に限らず、ほとんど全ての人は日々の刺激によって変化していきます。なによりあの人だって人間です。成長もすれば幸福にもなります。昔は昔、今は今だと、ぼくは思うのです。

 「バットマン・リターンズ」も「アリス・イン・ワンダーランド」もティム・バートンの作品には変わりがないし、この「ダーク・シャドウ」もまた、彼の作品。変わり続けることのなにがいけないのでしょう。変わっていくことに価値があるのだと思います。
 そんなぼくのことを「好きすぎるあまりに盲目になっているんだ」と言う人もいます。まっさかあ。ナンセンスです。ぼくは誰の信者でもありません。ただ純粋に楽しんでいるだけに過ぎません。空想の世界に依存する風変わりな少年、交通事故で死んだ愛犬を必死に復活させようとする少年、ストライプ柄の霊界の厄介者、犯罪者と戦う偏頭痛持ちの闇の騎士、誰からも愛されない水かきを持つ太った男、手がハサミのまま古城に取り残された人造人間、クリスマスに憧れるカボチャ大王、地球にレジャー気分で侵略にやってくる火星人、映画作りに全てを捧げるイカれた映画監督とおちぶれた怪優、すぐ気絶しちゃう頼りない捜査官と首無し騎士、息子に数奇な人生を語り続ける愛すべき父親、ファザコンの危ないお菓子職人、間違って死体に求愛した内気な青年、高らかに歌いながら客の喉をかき切る床屋、ちっとも笑わない仏頂面な不思議ちゃん、そうして女たらしの罪で吸血鬼にされたプレイボーイ・・・・気に入る映画、あまり気に入らなかった映画、そのどれもが彼の映画。変わり続ける彼の映画。立ち止まらない彼の映画が楽しい。変化すら楽しい。
 アングラギリギリの映画も作れれば、皆が純粋に楽しめる映画も作れるってことじゃないですか。それってとっても素敵だし、素晴らしいことだと思います。
 昔も良かったし、今も今で良いと思うんだ。彼が幸福ならそれでいいじゃない。


2012年5月24日

長い長い「今日」



 寝ずにオールで遊んで帰って来た朝に「ああ、あれは昨日のことなのか」と不思議に思うのは、昨日と今日の境目がなかったせい。
 それはいつまで経っても「明日」にならない、長い「今日」。
 だから100年後のドラえもんもすぐそこにいます。

2012年5月20日

まずはお礼を言いたい。




 公開初日の「ダーク・シャドウ」を観ようと思ったんだけれど都合の良い時間がもう空いてなかったので平日に行くことにして、ゴールデン街まで「すみれの天窓」を目指してとぼとぼ歩きました。二三日前にティム・バートンが来店して壁の落書きを付け足していったばかりでした。

 ぼくにとってはその存在と影響が大きすぎて、実際にあの人があの細くて小さい、気をつけないと頭をぶつけてしまいそうな階段をあがっていって、ドアを開けてあの黒い壁に囲まれたミニチュアみたいな可愛らしい店内に足を踏み入れていて、ぼくも同じ床に足を乗せていると思うととても不思議な気分になった。けれど同時に、彼を近くに感じられるようになったような気がする。勝手に思っているだけで、実際は遠いのかもしれないけれど、彼に対面するのは決して夢物語ではないということは確かだった。

 14年も追いかけている人物が、もうすぐそこにいるような気がして、なんだかうれしくなりました。
 
 彼に会ったらぼくはまずお礼を言いたい。