2012年7月30日

【映画の感想】「ダークナイト・ライジング」

 この最終章の物語は「ビギンズ」に立ち返っている。もちろん「ダークナイト」の後の話なので亡きハーヴィー・デントがゴッサム・シティにもたらした影響や、ゴードン達の功績はちゃんと反映されている。バットマンは8年間人々の前に姿を見せておらず、ブルース・ウェインもまた、まるで隠者のように屋敷に引きこもっていた。
 再建が終わった(「ビギンズ」のクライマックスで屋敷は焼け落ち、「ダークナイト」では再建中だった)ウェイン邸にメイドとして潜り込んだセリーナ・カイルがブルースの金庫から盗みを働いたことをきっかけに、ブルースは再び陰謀へと引き寄せられて行く。そこには下水道で暗躍するマスクの男、ベインの存在が浮かび上がり、さらにその背後にはブルースのかつての師ラーズ・アル・グールが率いる影の同盟も関係していることがわかる。

 ラーズが関係してくるあたりから「ビギンズ」の懐かしい匂いが漂っては来るものの、「ビギンズ」とは全く別の、「ダークナイト」を乗り越えた上での新しい雰囲気だ。これでは確かに「ダークナイト」のヒットを受けて興味を持っただけの人が「ビギンズ」を観ずに観てしまっては話がよくわからないことだろう。どうしても三部作を通しで観なければならないはずだ。全部観なければわからないというあたり上手だなとも思った。
 また、コミックに多少通じている人でなければその衝撃さがわかりづらそうなところもあった。ラーズ・アル・グールの娘タリアが登場するところなんかは特に、タリアというキャラクターを知らなければ「へえ、これが娘なんだー」で終わってしまうのではないだろうか。もちろんそこはコミック・ファンへのサービスなのかもしれないけれど。ラストのまさかのロビン登場もそうだろうし(ノーランは以前より「若いバットマンを描いて行く以上ロビンの登場は無い」みたいなことを言っていたので飛んだサプライズである)、どんなに壮大に、現実的に描いていても「なんと言ってもこれはやっぱりバットマンなんだ」と思い出させてくれるところはすごく好き。

 それに関連して、よく「もはやアメコミ原作映画じゃない!!」みたいな感想を叫んでいる大人が大勢いるけれど、そういう感想は少し苦手だ。確かにその壮大さから原作をここまで脚色するのかと衝撃を受けることはあるけれど、それも原作あってこそだと思う。一概には言えないだろうけれど、彼らはバットマンが好きというよりは「ダークナイト」が好き、というような印象を受ける。けれど逆に言えば、コミックに興味が無い、バットマンなんて知らないという人達にすら強い関心を持たせてしまうほどこの映画は力を持っていると考えられるから、それはやっぱりすごい、素晴らしいことだと思う。
 なにはともあれ、「ろくに知りもしねえくせに盛り上がりやがってミーハーどもめ!」と言うような非常に屈折した不気味なオタク的思想を抱きがちなぼくの心の狭さに問題があるような気がしないでもない。別にどの映画版が好きでも、「ダークナイト」だけが好きでもいいじゃないか。バットマンはシンボルで、派生したコミック、アニメ、映画、どれも本物のバットマンには変わりないし。というかコミックだって膨大な数のバージョンがあるわけでぼくも把握しているわけじゃないし。

 印象に残るシーンは、アルフレッドが自分の夢を語るシーン。
 いつの日か、アルフレッドがフィレンツェのお店に入ると、向こうのテーブルにブルースが奥さんと一緒に座っているのが見えて、かつての主人と執事の目が合う。
「しかし、お互いに声をかけることはしません」
 それが執事アルフレッドの望む光景だった。これを語るときのマイケル・ケインはとっても素敵だった。この会話の後、執事は主人に別れを告げる。主人を怒らせては執事失格だと、そう言ってずっと仕えて来た屋敷を出て行ってしまう。さらにキャットウーマンに盗まれた自分の指紋を悪用された結果、ブルースは会社を破産させてしまい、自身も一文無しになる。唯一の家族であるアルフレッドも、財産も、全て失ってしまうのだ。そうしてブルースはいよいよバットマンとしての最後の務めを果たそうと、再び黒い鎧とケープをまということになる。アルフレッドは戻って来てくれるのか、執事の儚い夢は叶うのか・・・。

 さらにうるうるした場面は、バットマンが今にも爆発しようとしている核爆弾を沖まで運ぼうとするところ。ゲイリー・オールドマン演じるゴードンが、最後に正体について言及する。もちろんバットマンは直接答えはしない。けれど、
「ヒーローには誰でもなれる。少年の肩に上着をかけて、世界が終わっていないと安心させてくれる男でも」
という台詞を残す。ゴードンは悟った。ここで「ビギンズ」のシーン(若いゴードンが両親を殺された少年を慰める場面)が回想として入り、ゴードンは闇の騎士が誰なのかを知る。ぼくはここで涙を流した。まるでバットマンがゴードンにお礼を言ったかのように聴こえた。

 印象に残ったキャラクターは、もちろんベインが大変強烈ではあったのだけれど、元来脇役フェチなのでどうしても噛ませ犬みたいな登場人物に目が行ってしまう。今回気に入ったのはウェイン産業を乗っ取ろうと企む実業家ダゲットの手下、ストライバー。ぺったり七三分けで唇の薄い冷淡な表情の男。キャットウーマンからブルースの指紋を受け取るシーン、受け取った物をチェックするときの気取った表情が最高。演じているのはバーン・ゴーマンという俳優でTVドラマなどに出演しているそうで。前述のキャットウーマンとの対峙シーンで若干60年代実写版のリドラーに雰囲気が似てる気がしてまさか地味にリドラー登場かと胸が高鳴ったけれど、残念ながら違った。とにかくすごく気に入った脇役。しかもストライバーはその後、スケアクロウことジョナサン・クレインのインチキ裁判にかけられて死ぬという噛ませ犬ぶり。
 そう、キリアン・マーフィ演じるジョナサン・クレインが再び登場する(とうとう三部作通しでの登場だ!)。ボロボロのスーツとボサボサの髪と無精髭でより狂気じみた姿を見せてくれた。こういう、ほんの少ししか出て来ないキャラクターが本当に愛おしい。

 前作の強烈な悪役ジョーカーはその声や笑い声が特徴的で脳裏に焼き付けられたけれど、今回の悪役ベインもまたマスクを通した特徴的な声を聞かせてくれて、こちらもしばらく頭から離れなかった。まるでダース・ヴェイダー並みの強烈なマスク・キャラだ。決して前作のジョーカーの真似のようにならないように作られたキャラだそうだけれど、大成功。ジョーカーとはまた違った魅力を確立させたと思う。バッツとの対決はその拳の重さが音で伝わって来てとにかくキャラクターの重厚さを感じた。
 ノーラン版バットマンの魅力の一つはコミック・キャラクターをいかに現実世界に馴染むように落とし込んでアレンジしているかにあると思う。スケアクロウは原作では「オズの魔法使い」に出てくるような案山子男だったのが、普通のスーツ姿に頭にズタ袋を被るというヴィジュアルだし、派手なタキシードの道化ジョーカーはカラーリングこそ受け継いでいるがファッショナブルなモッズ系のスタイルに、ハルク並みに図体のでかいプロレスラー風のベインは機械的なマスクに重厚なムートンコートといった具合。皆、写実的な世界観に溶け込むヴィジュアルを持っている。三部作に登場しなかった悪役達がもしノーラン版でリデザインされるとしたら一体どんな具合になるか、とっても気になったりもする。

 もとはと言えばティム・バートンが好きで、だから彼のメジャー・デビュー作「バットマン」が好きで、ペンギンの出て来る「リターンズ」も好きで、そうしてそこを軸にバットマンが好きになった。そう考えれば、「ダークナイト」でハマった人達と何ら変わらないようにも思える。今でこそいろいろな人の感想や評価がノイズとなってしまっているけれど、ぼくは正直言うとシュマッカーの二部作だって好きだ。毛嫌いする理由がないし。ハイテンションなトミー・リー・ジョーンズのおかげでトゥーフェイスが好きになれたし。とにかく、バットマンが好きで、中学の頃「ビギンズ」も観たいと思った。前と違う人が監督するのは知ってたけど、新しいバットマンを観たいと思っていた。
 劇場で観はしなかったものの、ぼくはまもなく「ビギンズ」を観た。中学のあの時期はちょうど学校でうまくやっていけていなかった時期で、まるで覇気が無かった。うちの両親は学校に行かず家で映画を観ることを許してくれるタイプだったから、ぼくはそのほんの少し学校を休んでいた時期に、「シザーハンズ」と「エド・ウッド」、「バットマン・ビギンズ」を観た。「シザーハンズ」と「エド・ウッド」は前からよく知っている映画だったけれど、母親が夜中にちょうどやっていたのを録画してくれていたから観た。当然ながら観ると心が安らいだ。ぼくはティム・バートンの映画を観ると心が安らぐ。活気が沸く、というわけではなかったけれど、それでも生きていればまたこういう作品に出会えるだろうし、自分でなにかを作ることだってできるだろうと思えて来て、だからぼくはどれだけ嫌なことがあっても死ぬことはないなと思えるようになった。少なくともエド・ウッドみたいに前向きに、エドワード・シザーハンズみたいに後ろ向きに(あら二人ともエドだ)、生きて行こうと思えた。
 そうして極めつけは「バットマン・ビギンズ」だった。両親を目の前で強盗に撃ち殺されたブルース・ウェインは修行をして、試練を乗り越えて、超かっこいいコウモリの鎧を着て、暗闇から悪党に襲いかかる。悪党達はどこからともなく現れる巨大なコウモリに怯える。決して、そんなふうにいじめっ子や嫌なやつに復讐したいだなんて思ったわけじゃない。ブルース・ウェインがなりたいものになっているところがすごく魅力的に見えた。ただ純粋に子供心にかっこいいと思った。さらにスケアクロウだ。なんの変哲もない男が、突然アタッシュケースからズタ袋みたいな汚いマスクを取り出して被る。変身とも呼べない変身だが本人は本名で呼ばれたのに対して「違う!スケアクロウだ!」と声高に言う。彼もまたなりたいものになっている。しかも超楽しんでいる。あんな汚い袋被ってるだけなのに!自分じゃないなにかに変身している彼らがすごく羨ましく思えたし、前に書いたようにノーラン版の登場人物は現実世界に馴染んだヴィジュアルなので、ある意味すごく身近に感じられた。ズタ袋被れば自分もスケアクロウになれそうな気さえした。もちろんああいう犯罪者になりたいとか、そういうわけじゃなくって、とにかく誰でもなれそうなスケアクロウを観ていたら、自分もなんにでもなれそうな気分になった。
 そういう、ちょっとした勇気みたいなもの(書いているだけで恥ずかしい限りだ!)をノーラン版バットマンのその写実的な世界観が与えてくれた。アンドリュー・ワイエスの絵画みたいに妙にリアルなその世界観がゴッサムや怪人達を身近に感じさせてくれた。だからぼくはこのバットマンも大好きだ。

 7年間の興奮と刺激をありがとう。


 そうして、コロラド州での悲しい事件で命を落とされた方々に、お悔やみと、お祈りを申し上げます。


2012年7月27日

ジョーカー



「ダークナイト・ライジング」公開記念で描いています。
バットマンの宿敵、道化王子のジョーカーです。
高笑い、ファッショナブル、もったいぶった気取りや気品、優れた頭脳・・・
悪役に必要な条件全てを満たした大好きなヴィランです。


2012年7月26日

トゥーフェイス



 いよいよ今週末からバットマン映画最新作「ダークナイト・ライジング」が公開されるので、バットマン関連の絵をガリガリ描いています。バットマンだけではなく、登場する悪役達がとにかく魅力的。ということで以前にも記事にあげたことがあるトゥーフェイスを新しく描きました。
 ぼくがトゥーフェイスに惹かれるのは、この醜さと美しさが共存しているところ。左右のアンバランスさ、見ているだけで不安定になるその姿。他の悪役達と違い、もとは善人だったというところも深みを与えています。


2012年7月22日

ハングオーバーなノルウェー人

 ぼくはまだこの国を一歩も出たことがないし、全く日本語を話すことのできない外国人ともほとんど接点がないので、今回のような経験は大変おもしろかった。スター・ウォーズのTシャツを着て電車に乗っていたからこそ、あのノルウェー人は電車の行き先を聞くついでにSWの話を振ってくれたんだし、ぼくはiPadで自分の絵を観せたりしてコミュニケーションをとることができた。彼はデンマークの映画学校で学んでおり、日本に遊びに来ていたらしい。7月いっぱいは東京にいるからまた会って話そうと言われた。
 そうして改めて再び会うと、ぼくらは本当にたくさん話した。彼は前日のサントリーウィスキーでハングオーバーだったけれど、頭を抱えながらも熱心に話してくれた。映画学校に通っているだけあって映画の話題が豊富だった。バットマンの話題から、「ダークナイト」の音響に関わった人が学校に講演しに来たときのことを話してくれた。ぼくは本当につたない英語力を試されていたけれど、面と向かっていると最低限の会話はどうやら成り立つらしかった。なんとなくうれしかった。海外旅行に慣れている人からしたらなんでもないことだろうけれどぼくにとっては大事件である。ましてや海外に居座ったり海外でなにやらやっている人をいつも遠目に見て良いなあかっこいいなあと思っていたので、そうか、英語で話すというのも全く不可能な話じゃないんだなと少し勇気がわいた。あのくらいで通じるということがわかったからには少し世界が広がった気分。


2012年7月9日

アイアンマン





本当に今更ですが映画「アイアン・マン」をやっと観ました。
かっこよかったです。
飛び立つときのペンギン・ポーズがかわいい。


アニメーションにしました。




これくらいでも動くとうれしい。


2012年7月7日

バナナマン・ビギンズ




ひ「うっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ」
し「どっちかっつーと、お前の方が悪役っぽくね?」
ひ「なに言ってんのよ、そんなことないよ」
し「いや、絶対そうだって。むしろ俺そっちやりたいんだけど」
ひ「うるっさいなあ、これでいいんだよ!」
というような会話を妄想。

2012年7月2日

Ghosts



一番下の子の色は偶然の産物。
これだからやめられない。