2013年3月18日

ハイパー・ドライブスルー



100年経っても食べたい。
スペース・マック!


たまには彩色前のもアップ。
今後は彩色前のものもスキャンしてデータで取っておくことにしましょう。

追記(2015年8月):結局彩色前の線画や下書き等の状態での保存、全く習慣になっていない。気付いたら塗っている。。。

2013年3月14日

ペンギン、惑星に降り立つ



「なかなか良さげな星であります、中佐殿」
「うむ。結構な星だ。決めた、ここに住む」
「早速資材や人員を本部より送ってもらいましょう」
「それがいい。素晴らしい星だと本部に伝えるがいい。入植が検討されるかもしれん」
「わかりました。素晴らしい星だと伝えます」
「息が吸えず、魚も食えない以外はな」

ベーシック

 自分はデッサンがあまり得意ではないので、今後はそれを上達させたいと思っています。とは言えなかなか美術学校時代のように改まって大きい画用紙に濃い鉛筆を走らせたり練り消しでごしごしとやろうという気になれずスケッチやドローイング程度の練習くらいしかできていません。それで、最近ちょっと恐怖に感じているのは、基礎ができていないままやっていって、やがて壁にぶつかるということ。基礎ができていないと絶対どこかでボロが出るだろうと思うのです。なので「今年はデッサン力を上げる」という1年の目標を遅ればせながら立てました。
 昔フィギュア雑誌とか読んでいたときに、とあるフィギュア制作会社が出したとある実写キャラクターの胸像がものすごくリアルで、記事中に「脅威のデッサン力」という言葉が書かれていて、それがすごくかっこいいなと思った。脅威な上にデッサン力ですよ。いいなあ。なので脅威のデッサン力を身につけるために修行したいと思います。
 子供の頃から落書きばかりではなくしっかり写生やデッサンに勤しめばよかったなあと今更ながらよく思う。母親はいつもデッサンができてなければ今はうまくいっていてもいずれは絶対壁にぶつかるというようなことをいつも言っていたし。もっともっと早い段階からいろいろな基礎を積み重ねていればなあと、無意味にも思ってしまったりする。
 基礎ができていれば幅が広がっていくと思うと、今からでも基礎的なところをがんばりたいと思えて来る。なにもデッサンに限った話ではなく、もっといろいろなことができればもっといろいろなものが描けるのだろうと思う。
 昔は絵描きとデザイナーが一緒だったというのだけれど、あれに憧れる。その時代を生きて来た人達が巨匠と呼ばれるのはそのためだと思う。今ではいろいろ分業されてしまっているけれど、いろいろできて越したことはない。一般的には絵描きとデザイナーが同じものだと認知されがちで、それは全然違うと反発する声もあるけれど、両方できるに越したことは無いし、幅が広がるのは素晴らしいことだと思う。自分の方で視野を狭める必要は全然ないんだなあと最近はよく思います。

2013年3月7日

好きなことに打ち込むことへのちょっとした恐怖

 まったく恐がる必要がないし、もっと堂々としているべきなのかもしれないけれど、好きなものやことに熱中するのが少し恐いことがある。それは絵を描くことだったり、フィギュアやレゴで遊ぶことだったり、ティム・バートン映画について考えることだったり、スター・ウォーズに関するブログ記事を書くことだったりする。ぼくには他にもたくさん好きなものやことがあるし、それは大変誇らしく、素晴らしいことだと自分では思っている。けれどあんまりそれらに熱中しすぎて大事なことが疎かになりはしないかがちょっと心配になる。「絵を描くこと」は幸運にも生業にすることがなんとかできたからいいとしても(もちろんこれも、絵を描くこと以外のことにも目を向けないことには良い絵が描けないとは思うのだけれど)、なにかに熱中しかけるとき、これでいいのだろうかと少し思うときがある。
 今は比較的改善されつつあるとは思うけれど、子供の頃からやはり興味があるものとないものとでは全く関心のレベルの差が大きすぎてよく注意されたと思う。自分でも視野が狭くなるのも嫌だったから、そうはなるまいと思ってがんばってきたつもりではあるのだけれど、未だにもっと外に出ろとか人に会えとかまだまだ言われ続けているから流石にしんどいところがある。皆はぼくが砂漠にでも出かけていかない限り「外に出た」とは認めてくれないのだろうか。外の世界とは一体どこなのだろうか。
 最近の男の子は消極的だ、美術系学生ですら美術館に足を運ぼうとしない、女の子と遊びもしなければ酒も飲まない車も乗らない、そうやってひとくくりにされるのが嫌だからぼくは自分に向いている範囲内で精一杯楽しもうと遊ぼうと外に目を向けようとはしているのだけれど。
 一方で野球やサッカー、柔道に熱中して打ち込んできた少年達が羨ましい。彼らは好きなことに打ち込んで、そのことでヒーローになって、褒めてもらえる。ぼくの問題は自分の好きなものやことに自信が持てていないということなのだろうか。そんなことはないはずなんだけれど。なにに興味を持ってもいつも「偏っている」と言われるばかりだから、なんだか後ろめたい気分になっているだけなのかも。
 別に褒められたくてやってるわけじゃないけれど、そのままでいい、とはっきり言ってもらいたいのか、もとより人の意見なんて求めていないのか・・・。

2013年3月5日

パンケーキ


 いつぞやのアメリカ人みたいな朝食。と言っても食べたのは夕方だったけれど。
 パンケーキは思っていた以上にお腹が膨れる。彼らがこういうのばかり食べる理由がなんとなくわかった。安上がりだし、手軽だし、肉でも卵でもフルーツでもなんでも挟める。かなり時間が経った後でもお腹がいっぱいだったように思う。ハーシーチョコレートシロップは思っていた以上にびしゃびしゃで結構垂れる。

犬への急接近

 ちょっと抜けてる犬のコナちゃんが砂山の向こうに消えてからというもの、実家では犬を飼わなかったし、ぼくも犬から離れた生活をおくっていた。家の周りは田んぼばかりで民家もぽつりぽつりといった具合の地域だけれど、犬を飼っている家は結構あった。もちろんどこも外飼いで、家の前を通るたびに吠え立てる犬ばかりだった上に、ろくに可愛がりもせずただ番犬目的でやたらでかい犬を飼っている家も少なくなかった。で、案の定「どこどこの家の犬が逃げた」というような知らせがまわってくるのだった。散歩から帰って繋ぎ直すところで逃げたとかなんとか。冗談じゃない。熊だか狼だかと戦うための犬種だかなんだかよくわからないが、とにかく馬鹿に大きい犬がその辺をうろうろしていると思うと外にも出られない。近所の牛屋で飼われていたでかい犬は特に毎回逃げ出していたような気がする。あれには本当にうんざりした。
 そうしてある朝小学校に向かって歩いていると、人気の無い(まあどこも人気はないんだけれど)小道で丁度大きな犬と遭遇した。首輪はしているけれどなんにも繋がれていない上に飼い主らしき人も近くにはいない。完全に無線フリー。今じゃ犬種はなんだったかはわからないし、どこで飼われていたのかもわからないけれど、とにかく熊みたいに大きかった。襲われたらひとたまりもなく引き裂かれるだろうなあ、ぼくの人生も短かったなあ、と思う余裕もなくその場で固まっていたが、目だけは合わせまいと他所を向いていた。犬は黙って通り過ぎていった。あれは本当に恐かった。普段から影が薄いぼくの生まれながらの石ころ帽子的な能力が発揮されたのか、あるいはぼくが思っている以上に犬はおとなしく頭が良かったのか、わからないけれど。
 こういうこともあった。上で書いたように犬を飼う家は結構あったわけだが、友達の家からの帰り道、ぼんやり自転車を漕ぎながら家に帰ったらなにをしようかと考えていたら、背後から犬の吠える声が聞こえて来た。振り返ると、ある家の庭から犬が飛び出して来て、その後ろからその犬の名前を呼びながら追いかけて来る飼い主も飛び出して来た。ああ、これはまずい、と思ってペダルを思い切り漕いで逃げようとしたけれど鈍臭いぼくが走る犬から逃げ切れるわけもなく(もうなんか漫画みたい)やがて犬がペダル漕いでる脚のあたりまで追いついて来てとうとうバランスを崩して横転した。 
 犬の名前を呼びながら飼い主が追いついて来て(遅い)犬を捕まえて、ぼくに「大丈夫ですかあ?すいませんねえ」「あ、いえ、大丈夫です」それだけ言葉を交わして飼い主は犬を引っ張って家に戻っていった。正直大丈夫ですかあ?じゃねえよ馬鹿野郎と思った。こういった飼い主達(というかこういうアクシデント)のせいでぼくが犬に歩み寄るのが大幅に遅れたと思う。ティム・バートンがいかに犬好きで自分の映画にやたら犬を出したって、どうしてもぼくはしばらく犬の良さはわからなかった。反対に動物の好みでは猫好きエドワード・ゴーリーの方に同調した。
 恐い思いをしたのはわかるが、実際になにかされたってわけじゃなくない?噛まれたこととかないの?と思う人もいるだろうと思う。もちろん噛まれたこともある。知人の家でやたら吠えるフレンチ・ブルドッグっぽいやつ(実際どうだったかよく覚えてないけれど多分あんな顔のやつ)に足の甲を噛まれた。ただ、あれも今思えば甘噛みだったろうと思うし、噛まれて痛かったというよりは噛まれたこと自体にショックを受けて泣いちゃったんだと思う。
 一旦犬が苦手になってしまった子供に「大丈夫、噛まないよ」「なにもしないよ」という言葉をかけても全然意味がないし、安心などとてもできないと思う。
 中学生のときに一度だけ犬とお近づきになったことがある。夏休みにいつも愛知に遊び行っていたのだが、父の知り合いの陶芸家の先生の家には犬が何匹か飼われていて、その中でも一番若い犬とふれあう機会があった。餌をあげたり散歩したりしているうちに平気で犬を触れるようになったし、ああ、これでぼくも犬が平気になったなと、少しうれしかった。一週間にも満たない滞在期間を終え、少し親密になった犬とお別れした後も、自分は犬への苦手意識を克服したという気になっていろいろ自信もついた。犬と仲良くなれたことで憧れのティム・バートンにも一歩近づいたかもしれない、などと思うこともあった。ただし一時的な話だった。
 翌年の夏も愛知に行った。例の犬と一年ぶりの再会を楽しみにしていたのだけれど、案の定再会した犬にはものすごい勢いで吠え立てられた。あんなに吠えられちゃあとても近づけない。かなりショックだった。
 その後8年間は一切犬との接触はなかった。一昨年、黒ラブラドールの絵を注文されるまでは一切犬の絵を描かなかったし、描く発想もなかった。けれどそのお仕事をもらってからというもの、犬には豊かな表情があるということがわかったし、ぼくは犬の絵も結構そこそこうまく描けることがわかった。お客さんからメールで送られて来た写真だけでそれぞれの犬の個性を引き出してデフォルメして描くことができたし、お客さんに喜んでいただけたことがわかると、一層犬への自信がついた。さらに、去年の暮れに観たアニメ版「フランケンウィニー」はぼくの犬への興味をかき立てたし、その頃から付き合い出した彼女が飼っているコーギーと遊んでからというもの、ぼくは完全に犬への苦手意識を克服することに成功した。ドッグ・ランを縦横無尽に駆け回るいろいろな犬に触ることが出来たし、最近ではまた犬の絵を描かせてもらう機会も得ることができた。いいこと尽くしです。
 近いうちに犬の絵のお仕事のことはここで告知できるでしょう。

2013年3月4日

馬鹿犬コナ

 こう見えて小さい頃実家では犬が飼われていた。柴犬だったと思う。メスで名前はコナ。子供の頃は諸事情あって犬が苦手だったのだけれど、アルバム写真には3歳くらいのぼくがコナと一緒に小さめの物置みたいな小屋に一緒に入って写っていた。幼少のぼくは犬と仲良しだったのか、両親に聞いてみるとぼくも犬も両方馬鹿だったからお互いのことなんてよくわかっていないようだった、らしい。
 そんな馬鹿犬のコナは猫とも仲良しだったようで、当時飼われていた黒猫(この猫はぼくの弟が生まれる頃まで家で飼われていて随分な年寄りだった)とくっついて日向で寝ている写真もあった。
 コナに子供が生まれたこともある。ぼくは全く覚えていないがアルバムにはちゃんと3匹くらいの豆柴が冬場の乾いた田んぼでじゃれあっている写真が入っていた。子犬は皆もらわれていったらしい。
 ぼくは父とコナを連れてよく砂山に遊びに行った。近頃じゃバラエティー番組のロケに使われて若手の芸人さんが砂の斜面で転げてどろどろになっていたり、サンドスキーをしに若い人がよく来るらしいが、ぼくの記憶じゃあそこにぼくら以外の人影がいたことはない。サンドスキー場といったって所詮は海の方から来ている砂のようだったし、しめっていてどろどろで、全然さらさらとしていないのであんなので斜面を滑ることができるか怪しいもんだ。
 その砂山でコナは放され、ぼくと一緒に走り回っていたらしい。ほとんどよく覚えていないのだけれど、砂漠みたいな景色の中で犬が走ってた画は覚えている。どのくらいその犬の散歩が習慣になっていたかは知らないけれど、父も犬も慣れていたことからしてだいぶ恒例の行事になっていたとは思う。だからある日、いつものように縄を外した後、コナがこちらに背を向けて走り去っていなくなってしまったことには驚いた。実際は全然違ったかもしれないけれど、ぼくの記憶の中ではぼくと父が呆然と突っ立ったまま砂山の向こうの方にものすごい速さで走り去る犬の姿が印象的に残っている。けれどその後父と一緒に家に戻って、母も犬を連れて帰らなかったことに特にこれといった反応も示さないでそのままぼくら3人家族はなにごともなかったように夕食にありついた、というような感じでぼくの中では記憶されている。いや、実際はもう少し皆ショックを受けただろうけれど、上のほうでも書いているようにコナは馬鹿な犬なのである。まあ、あれは馬鹿だから、という理由で皆納得してこのことは片付いてしまったのだろうと思う。
 というようなことを彼女の家でコーギーを膝に乗せながらぼんやり思い出した。馬鹿犬コナの失踪以来犬は飼っていないし、自然と犬が苦手になっていたのだけれど最近平気で黒ラブなど触れるようになって、これは一つ成長したななどと思っていた。
 犬が苦手になっていた理由については次の記事で。