2013年4月23日

LAND OF HOPE AND GLORY



 イギリスが好きです。
 最近リバイバル上映で「007 スカイフォール」と「裏切りのサーカス」という二本の英国スパイ映画を観た。前者はご存知のように派手でタフなアクションが連発する作品だが、後者はかっちょいいスパイ・ツールなど一切登場しないひたすら地味で陰気なスパイ映画で(本来これが現実なのだろう)同じテーマを扱いながらも大変対照的だった。「スカイフォール」もおもしろかったし、「裏切りのサーカス」も重厚な物語にすっかり夢中になってしまった。なんと言ってもこちらの映画はイギリスのおじさんがいっぱい出て来るのでそこがまた良い。ゲイリー・オールドマンはもちろんジョン・ハートやコリン・ファースにトビー・ジョーンズのその表情を観ているだけで楽しい。そして観るまで知らなかったのだけれど、スクリーンにベネディクト・カンバーバッチ(シャーロック!)が現れてびっくり。脇役かと思いきやメインだった。それにしてもトム・ハーディは唇がぷくぷくだね。
 
 これはまた手描き記事のネタにしようと思ったのだけれど、ここにメモ程度に記しておくと、ハリウッドのイギリス人俳優というのはだいたいが「ハリー・ポッター」に出ているのでそこに注目すると楽しい。

「スカイフォール」
 Mの審問会を仕切る女性大臣:ヘレン・マックロリー →ナルシッサ・マルフォイ
 007やMを助ける政府エージェント、ギャレス・マロリー:レイフ・ファインズ →ヴォルデモート卿

 「裏切りのサーカス」
主人公ジョージ・スマイリー:ゲイリー・オールドマン →シリウス・ブラック
諜報機関のチーフであるコントロール:ジョン・ハート →魔法の杖職人オリバンダー
コントロールにソ連側のスパイ”もぐら”の疑いをかけられる幹部パーシー・アレリン(ティンカー):トビー・ジョーンズ →妖精ドビー(声)
もぐらの疑いをかけられる幹部ロイ・ブランド(ソルジャー):キーラン・ハインズ →ダンブルドアの弟アバーフォース

 すごい。イギリスには魔女や魔法使いがいっぱいだ。それにしてもドビー役の人はトビーって言うのね。この人はトルーマン・カポーティを演じたこともあり、見た目がかなり可愛い。それこそブルドッグみたい。
 名前で言われてもピンとこないと思うのでそのうちイラスト記事にします。

 で、ブルドッグの話なんだけれど、この犬は13世紀に貴族が始めた犬の闘技”ブルベイティング”で雄牛を倒すのに使われた過去を持ち、体型もこの闘技に合わせて改良されてきたらしい。19世紀にブルベイティングは禁止されるが、その後ブルドッグはイギリスの国犬となり、イギリス人の勇気と不屈のシンボルとなる。
 「スカイフォール」ではスパイのボス、Mのオフィスの机にロイヤルドルトン社製のブルドッグ”ジャック”が置かれていた。劇中オフィスは敵に爆破されてしまうが、このブルドッグは残り、移転した本部でもMの机の上に置かれていた。ジェームズ・ボンドはこれに「無駄なものに限って残る」と皮肉を言うが、物語のラストでMが007にこの置物を遺すと、Mが爆破の中で壊れてしまったブルドッグを修復していたことがわかる。まさに不屈を象徴したMからのメッセージをボンドはしっかりと受け取り、次なる任務に挑んでいく。
 「裏切りのサーカス」でもこの陶製のブルドッグの姿は見られた。諜報機関”サーカス”のチーフ、コントロールの部屋にしっかりとこの置物は置かれていた。
 
 ブルドッグがちょっと好きになった。

 一枚の絵に随分長文くっつけてしまいましたがこの辺で。

2013年4月13日

【営業報告】ダイビングセンター「西川名オーシャンパーク」様のロゴマークを描かせていただきました。

 地元である千葉県館山市にありますダイビングセンター「西川名オーシャンパーク」様のロゴマークを描かせていただきました。


マスコットでもある「ヒゲダイ」とスキューバ・タンクがモチーフです。

ロゴマークなので各種グッズにプリントされて使用されます。感激です。



(画像はブログ「西川名だより」から)

しかもそれだけではなく、


こんなに大きな看板にもなりました。


道路から見えるそうです。帰省したときの楽しみができました。

 ぼくが机の上でかりかり描いていたものがこうしていろいろな形になるのは大変うれしいです。うれしいなんて簡単な言葉では片付けられないくらい想いがこみ上げてきますが語彙がとぼしいので表現できません。。
 ぼくが育った南房総というところは(千葉県のさきっちょです。チーバくんの足です)大変気候が良く海が綺麗です。都会に出てきて改めてそういう地元の良さがわかったという口ですが、なるほど父と母が移り住んできた理由がわかるような気がします。
 皆さんも是非房総にお越しの際は西川名オーシャンパークでダイビングを体験されてはいかがでしょうか。


「西川名オーシャンパーク」
〒294-0315 
千葉県館山市西川名849-4
TEL : 0470-29-1411

2013年4月11日

【営業報告】雑誌「Tarzan」4/25号にてイラスト掲載されております。

 本日発売の雑誌「Tarzan 4/25号」の106ページにてぼくのイラストが掲載されております。
 「日本初のレジデンシャル・ドッグ HALUの箱根暮らし」という連載にて黒ラブラドールのHALUちゃんをモチーフにした絵を掲載させていただきました。
 初の雑誌掲載です。是非ご覧頂ければと思います。

2013年4月10日

寂しい人



宇宙はロマンに溢れている反面、途方もなく寂しい。
宇宙ではなくとも、どこもそうなのかもしれない。
宇宙では死にたくない。
どこまでも誰に見つかることもなく漂っていくんだろうな。
死体は腐るのだろうか。

2013年4月9日

ハリー・ポッター

 「ハリー・ポッター」は原作からのファンなのだけれど、映画版は「不死鳥の騎士団」(5作目)までしか観ていなくて、残りの3本はなかなか観る機会がないままだった。自分の中でハリー・ポッターを終わらせたくない、というようなロマンチストな愛好家を気取っていたわけでは決してなく、ただなんとなく機会を逃していただけ。で、このたびようやく「謎のプリンス」(6)と「死の秘宝」(7)の前後編を観た。やっと全部観れた、これで終わりかーという気分とともに、改めて映画シリーズ全体を思い返してみていろいろ思ったことがあるので書き留めておきましょう。
 シリーズものというのはやっぱり一本の映画として成立しづらいところがあると思う。シリーズである以上は1話完結タイプじゃない限り仕方が無いのだけれど、大きすぎる原作を持つ「ハリー・ポッター」なら尚更だ。映画化する際に原作の物語の細部はだいぶ端折られていて、省略されるキャラクターも少なくなく、その役割を別のキャラクターに持っていかれるケースもある。もちろん映画版は上手くまとめているのだけれど、それでも原作を未読だとこれだけ観てもよくわからないんじゃないか、と思ってしまうところが結構ある。原作つきの映画なら当たり前の話なのだけれど。
 そういうことが原因で、「ハリー・ポッター」はいわゆる映画好きの人になんとなく軽視されているのではないかと思う(当然一概に言えたことじゃないけれど、個人的にそういう印象を受ける)。結局原作ありきなところが大きいし、8本という決して短いとは言えないシリーズなので一本の映画としてはなかなかみてもらえないだろう。原作未読でこの映画を全部通しで観た人、原作未読でこの映画シリーズが好きだという人には是非話を聞いてみたいと思う。原作を読んでいる人とはやはり印象が違うだろうし、それでもどういうところが好きなのか聞いてみたい。予備知識無しだと物語がどう見えるのかが気になる。
 最初に映画化された当時を思い出すと、今まで活字で読んでいたものが映像になると思ってものすごくワクワクしたものだけれど、今は逆に、活字ではないから表現できないところもあるんだなと思う。登場人物の心理描写や画で見ただけではいまいちよくわからないところなど多いと思う。活字で説明されていないからこそわかりづらかったり。
 とは言え、本で読んでるときはそれほど注意しなかったり、あんまりかっこよく思えなかったようなシーンが映画ではものすごくお洒落に描写されていたりかっこよくなっていたりして、そういうところはかなり楽しい。少なくとも日本語版の原作では伝わってこなかった洒落た雰囲気が映画版にはある。
 それにしてもシリーズ後半になるにつれて随分と皆大人になったし、雰囲気も重くダークになっていったものだ。あと本で読んでいるときは魔法を使った戦いのイメージがいまいちにわからなかったけれど、映画では派手な光線やらなにやらエフェクトが出ててかっこいい。後半はバトルがいっぱいでもう皆呪文を口にしないで杖を振り回しちゃってるし(それにしても原作のあの呪文を口にしたときのフォントはなんなんだろう・・・)。「死の秘宝」の最後は戦争になるわけだけれど、皆顔中血だらけだ。登場人物も何人も死ぬ。初期の映画版とはだいぶ印象は変わったけれど、ぼくは後半のダークでハードな雰囲気も好きだ。この物語は主人公達の成長が軸なわけだし、彼らが最終的に戦いに挑むことになるは最初からわかっていたことだ。雰囲気が変わっていくということはこのシリーズには大切なことなんだと思う。
 ともあれ魔法の冒険は終わってしまった。ぼくが初めて「ハリー・ポッターと賢者の石」の本を読んだのは(「プリベッド通り4番地・・・」というあの出だしを読んだのは)2001年のことで、同じ年に「賢者の石」は映画化された。ハリーと一緒に年を取ってきたなんて言ったら少々気恥ずかしいのだけれど、でも本当にその通りでぼくもダニエル・ラドクリフもすっかりヒゲの生えた大人である。原作も映画も、最後まで見届けられてよかったと思う。いろいろ書いてきたけれど、映画版「ハリー・ポッター」はぼくの中では立派な映画だ。最後まで観たとき、ポッタリアンで良かったなあと思わせてくれる作品だった。
 いつか原書を読もうと思う。生きているうちに全巻読みたいね。