2015年2月1日

「ゴーン・ガール」感想


 上映期間終了間際の滑り込みで観てきた。このテーマは来月正式に入籍する前に絶対に観るべきだと思った。観て良かったと思う。夫婦という関係について見方が変わったというか、当たり前と言えば当たり前のことを改めて思い知ったのである。

 記事中にも書いた通り、前半はとにかく気味が悪く落ち着かない雰囲気が続く。どのシーンも、なにも不思議なことはない普通の日常風景なのに、どこかわざとらしく作られた雰囲気がそこかしこに漂っている(このわざとらしさの一部が後で伏線にも繋がるのだけれど)。解決編に入るまで登場人物は全員が怪しげでどこか気味が悪いのだが、特にぼくは捜査に取り組む刑事やエイミーの両親に不安を感じた。
 刑事は初登場シーンからものすごい不自然さを見せる。妻がいなくなったというニックの通報を受けてかけつけたのにも関わらず、現場である家の中を見てまわる間ずっと手にコーヒーの紙コップを持ち続けている。それも大きめのサイズで、どこか浮いて見えるのだ。変わったアイテムではないのに、何故かおかしな感じなのである。ただのコーヒーなのに、まるでジョークグッズを手に持って現れたようなおかしさなのだ。
 エイミーの両親には刑事に対するそれよりももっと強い不気味さを感じた。これはただ単にぼくの人の好みなのかもしれないが、この夫妻は一見上品で温厚そうなのに、冷たいものを感じるのだ。その印象もまた、後半の展開の伏線になっているように思う。
 というわけでそういうキャラクターやシークエンスが盛りだくさんで、言ってしまえば全部主人公の敵に見えるのだ。そしてそのニックもなんだかなにを考えているかわからないのだから観ている側としては気持ち悪いことこの上ない。
 要するにおもしろいのである。
 もう一人、嫌悪感というか恐怖を感じたキャラクターがいる。ニックと一緒に記念写真を撮る野次馬の女である。妻が失踪したばかりで憔悴気味のニックがその写真はどこにもアップせずに消して欲しいと頼むのだが、野次馬女は「私の撮った写真をどうしようと自由でしょ」などと吐き捨てて立ち去るのだ。上で書いたような怪しげな人物達の誰よりも、このSNS脳の彼女を恐ろしく思う。正直この台詞が劇中一番恐かったと言っても良い。

 肝心のエイミーは一言に言ってとてもかっこいいと思った。全く関係ないけれど、彼女が口にするキットカットやコーラがとても美味しそうに見える。それまで見せられてきた、ただひたすら気持ちが不安定になっていく展開を突如ぶった切ってくれるシーンでもあるから、とても美味しそうに見えるのだ。誰にも遠慮せず暴飲暴食をしている様もスカッとする。キットカットとコーラが欲しくなった。

 原作小説も読みたくなってきたので、読んだらそれも読書感想を書きたい。