2015年3月17日

「レゴ・ムービー」感想


 大人になってレゴをやろうとすると、どうしても説明書通りに組み立てて飾っておく、みたいなおとなしい遊び方になってしまうというか、かつてのように自由な(あるいはカオスな)遊び方がなかなかできずにいた。子供の頃は同じ色のブロックをまとまった数持っていなかったので、綺麗に一色だけを使った建造物や宇宙船などが作ることができず、仕方なく灰色や白などの色の中に、ところどころ青や黄色、赤等の色を唐突に組み込んだりした。そういったツギハギ部分は頭の中で「これは全体灰色の宇宙船なのだ」と補完して遊んでいたりしたものだ。頭の中で補完する、これは貧困的なようでいて実はもっとも美しい遊び方なのではなかったろうか。
 ところが大人になるとブロック不足を金で解決しようなどと考えるようになってしまった。あるいは、自分で考えたモデルよりも、製品版の完成度に魅せられてそれをお金で買い、大して自分なりの改造を加えることもなく説明書通り組み立てて悦に浸る。間違っちゃいないが、どこか歪なのは何故だろう。
 「レゴ・ムービー」はそんな硬くなったぼくの頭をもみしだいて風を吹き入れてくれた。ずっと前からわかりきっていたことなのに、「そうか!こうやって遊ぶのか!」と改めて教えてくれた。だけではなく、説明書の重要さもまた思い知らされた。説明書があるからこそ、そこから独自の考えを膨らませられるのだ。説明書があるからこそ、それをどう壊してやろう、どうかけ離れたものを作ってやろうと思えるのだ。基本があるからこそ独創性が生まれるとかなんとか、そんなことまで考えさせられてしまったのだから、良い映画だと思う。
 それにしても空間を漂う塵などの粒子、ミニフィグやブロックの表面に出来た傷、プリントの剥げ具合など、遊び込まれたおもちゃの質感の表現が見事で、何度見ても本物のレゴで撮影したとしか思えない。ボロボロになったミニフィグでも気にせず遊び続けていいんだ、ということが宇宙飛行士ベニーを見ていて思った。ヘルメットの顎が割れてるところなんてレゴあるあるすぎてグッと来る。