2015年6月17日

「停電の夜に」感想


 別に移民の問題を訴えているような本でもないし、アメリカで暮らすことを悲劇的に描いているわけでもない。登場人物たちはそれぞれの事情で故郷をあとにし、あるいはその両親のもとに生まれ、アメリカで暮らしている。その中で起きる様々なエピソードが淡々と描かれているわけで、それはとても個人的な物語となっている。二つの異なった世界に挟まれた個人的な物語。同時に外から見た、客観的に描かれたアメリカでもあり、インドの姿にもなっている。
 見知らぬ世界で暮らすのは移民の人に限らない。たとえば地方から都会に出てきた人にだって、その喪失感や、馴染みのないところで今までと全然違った生活をしなければならないことがある。なにからなにまで違うから、戸惑いながらもどこかに新鮮さを見出して暮らしていく。
 ぼくは「セン夫人の家」がお気に入り。エリオット少年があずけられたのはインド人夫婦の家で、セン氏は大学教師。夫人は夫のいないひとりの時間にエリオットをあずかることになる。このエリオットというのが母親と二人暮らしで、仕事から帰った母がワインとチーズで夕食にする傍らで宅配ピザを食べるという生活をおくっている現代アメリカっ子なのだが、対してセン夫人はナイーブなインド女性で、いつも故郷に思いを馳せたりアメリカ生活の勝手の違いにひどく戸惑っている人。この二人の交流がなかなかおもしろい。
 セン夫人が勇気を振り絞ってアメリカ生活に慣れようと奮闘するのを、エリオット少年がじっと観察しているふうに描かれている短篇だ。夫人の奮闘がやがて寂しい展開をもたらすのだけれど・・・。
 ところどころに登場するインド料理も字で読んでいてとても美味しそう。
 このあとラヒリが書いた長編「その名にちなんで」は、この短篇集「停電の夜に」に出てきていた要素を全て結集してつくったような傑作なので、また追々感想を書きます。