2016年3月31日

営業報告:ゴルフ誌「グリーンゴーラ」イラストカット担当


 幻冬舎のゴルフ雑誌「グリーンゴーラ」最新号(Vol.2、「ゲーテ」5月号増刊)にてイラストカットを担当しました。13ページにわたって27点ほどとかなりたくさん描かせていただきましたので、ぜひご覧ください。
ちょっと敷居の高そうなスポーツであるゴルフを、そんなに気張らなくて大丈夫、ゴルフをやると身だしなみが整って知識が身につき、トークが盛り上がってみんなからもモテますよ、ということを紹介している特集に親しみやすいイラストを添えています。



 という具合です。まだまだたくさんありますが、きりがないのでこのくらいで。クラシカルなゴルフウェアはちょっと「ダウントン・アビー」っぽくて素敵だなあと思います。

「グリーンゴーラ」最新号(Fujisan.co.jpの雑誌・定期購読):http://www.fujisan.co.jp/product/1281696906/new/

2016年3月25日

営業報告:KDDI特設サイト「おもいでタイムライン」



 携帯電話誕生30周年を記念して、KDDIの情報マガジン「TIME&SPACE (タイムアンドスペース)」にて公開された新コンテンツ、「おもいでタイムライン」のイラストカットを担当させていただきました。中央のメインイラストはイラストレーター・Noritakeさんです。
 携帯電話が歴史に登場してから30年の間にどのような進化をたどったのか、当時起こった印象的な出来事とともに振り返る内容になっております。自分がかつて使っていた機種は一体どんな時代に発売されたものか、一目でわかるつくりになっているので楽しいです。

・「おもいでタイムライン」:http://time-space.kddi.com/omoide/

「スティーブ・ジョブズ」(2015)感想


 基本的に「娘との関係」を軸にシンプルな展開なのだけれど、ウォルター・アイザックソンによる伝記で特に大事なところもちゃんと拾われていて、うまくまとめられているのが良い。実の父親とひそかに会っていたり(父親はジョブズが息子だとは知らないというのがまたすごい話なのだが)、共同創業者ウォズニアック(セス・ローゲンがすごくはまってる)との確執といったおなじみのネタがバランスよく盛り込まれている。自身がペプシから引き抜いて社長に雇ったジョン・スカリーからアップルを追われてしまうといったエピソードも印象的なのだけれど、とにかくそういったいろいろな出来事が綺麗に包括されていて、「娘」という線で一本につながっているように見える。いろいろな要素が盛り込まれながらも、視点のばらけというか、詰め込み過ぎな印象は全然無いのだ。点と点がやがて線でつながるという話もジョブズが生前繰り返して語ったことで(いろいろな経験が線でつながっていずれ役に立つとか確かそんな話だったと思う)、彼の人生もまた複雑そうで波乱に満ちているように見えながらも、実はシンプルな線でつながっていたわけだ。
 実はジョブズよりジョン・スカリーという人物のほうが興味があったのだけれど、この役は「オデッセイ」でNASA長官役だったジェフ・ダニエルズが演じている。「オデッセイ」と「ジョブズ」は続けて観たのだけれど、どちらの役も堅実そうな中年のおじさんという感じで好き。スカリーはジョブズから「一生砂糖水を売って生きるのか?」というまたおなじみの挑発的な言葉でアップルに誘われたらしいのだけれど、大きなお世話だよね。砂糖水に人生捧げたって、ぼくは良いと思うけれど。美味しいし。

2016年3月24日

「オデッセイ」(2015)感想


 マーベル的なノリの良さが感じられると思う。「キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー」(14)のセバスチャン・スタンや「アントマン」(15)のマイケル・ペーニャ、「ファンタスティック・フォー」(15)のケイト・マーラといったマーベル映画組の出演もどこかコミック感を補強しているのかもしれない(マット・デイモンも顔が漫画っぽいし)。
 キャラクターが登場するたびにそのひとの名前や肩書きなどのテロップが登場したり、その人物がなにかを話す構図などもまるでドキュメンタリー番組を観ているかのようで、ワトニーが火星で動画日誌を記録する際の「観客に語りかけている」ような演出もそこを強く意識しているように感じる。コミック感とドキュメンタリー感がうまくマッチして、ワクワク楽しいリアリティ番組のように仕上がっていると思う。
 往年のヒット曲が挿入されているところも、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(14)のときに感じたようなテンションで元気が出る。ぼくは元来音楽のことが全然わからないので、こうやって映画のVAサントラを通して楽曲について知るということが多い。今回はデヴィッド・ボウイの「Starman」やグローリア・ゲイナーの「I Will Survive」など、改めて良いなあと思った。

2016年3月23日

レオナルド・ディカプリオ来日記者会見


 昨日はアカデミー主演女優賞を獲ったブリー・ラーソンを見に行ったけれど、今日は主演男優賞のディカプリオの会見に行きました。本物のグレート・ギャツビーが見れてうれしいです(今作で彼を陥れるトム・ハーディ演じる悪役の名前が「フィッツジェラルド」なのがちょっとおもしろい)。

2016年3月22日

ブリー・ラーソン&ジェイコブ・トレンブレイ来日記者会見


 4月8日公開の映画「ルーム」の主演ふたりによる来日記者会見にお誘いいただいたので、行ってきました。こういう催しに行くのは初めてで、とても楽しかったです。映画もとても良い作品だったので、間近でふたりを見られて感激でした。
 ジェイコブくんといえば、アカデミー賞授賞式で「スター・ウォーズ」のドロイドたちが現れたとき子供らしく身を乗り出して見入っていた姿が印象的でした。
 やっぱり目にした光景を思い出して絵にするのは楽しい。

2016年3月10日

営業報告:「買い物とわたし」発売


 文春文庫より、山内マリコさんの「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて〜」が発売されました。いざ書店で新刊として平積みされているのを見ると感慨深かったです。毎度のことですが、ぼくが部屋の机の上でせっせと描いていたものが、こうしてたくさん印刷されてたくさんの人の手に渡ると思うと、なんだか不思議な気持ちです。
 文庫本でフルカラーイラストを収録した買い物エッセイ集というのも珍しいそうなので、ぜひお手に取っていただければと思います。


2016年3月6日

都会生活4年目を迎えて

 東京で暮らして丸4年が経った。実家を出てからは6年となる。
 同調圧力によって押し潰されそうになる閉塞的な田舎から飛び出して、魅力的な都会で暮らすことを望んでいた地方ティーンエイジャーは、実際に上京してみてあることに気づいた。確かに都会は魅力的な人間と物に溢れ、はちきれんばかりの情報量で異様な輝きを放っているが、それはただ単に人数と物量が膨大だというだけの話で、そこには良識あるひととずいぶん心ないひとと、少し変なひとがごった返していて、物にしたって安物から高級品、まったく無駄なものから有意義なものまで掃いて捨てるほど溢れ、日々代謝を繰り返している。だから都会にはおもしろいひとやおもしろい物がたくさんあるのは確かだろうけれど、同時に不快なものも同じくらい、もしかしたらそれ以上溢れていると思う。
 結局のところ膨大な物量を除けば田舎とそんなに変わらない。都会とはデカい田舎のことだ。前述した同調圧力とか、閉塞感みたいなものは地方特有のものではなく、都会の根底にもあって、むしろ地方のそれよりもずっと強いと思う。ただ、ひとが多いので、いろいろなひとがいろいろなスタイルを選択できる余地があるというわけ。はっきり言って、ここは変なひとが多すぎる。どんなひとが変かというのはあえて書かないけれど、まあなんとなくわかってもらえるんじゃないかな。魅力的なひとがたくさん集まってくるということは、わけのわからないひともたくさん集まってくるというわけさ。都会の特徴とはひとの多さに尽きる。
 別に東京がどうのこうの言っているわけではない。我々地方出身者はしばしば忘れがちになってしまうけれど、当然ながら東京が故郷であるひともいるのだ。だから別にひとの生まれ育った街についてどうのこうのケチをつけるつもりは全然ない。よく安直な田舎者が「東京は冷たい」などと言うのも一体なにを期待しているんだかと思う。この街で自分は部外者なのだ、余所者なのだということをちゃんと自覚できておらず、訪ねれば無条件で歓迎されるとでも思っているのかもしれない。少なくとも他人さまの住んでいる領域に自分の意思で外からやってきたのだということを自覚していれば、自分がうまくやれないのを東京のせいにはできないと思う。まあ、そうしたくなる気持ちは確かにあるけれどね。でもそれをやっちゃうともう負けを認めることになっちゃうというか(なにと闘ってるんだかわからないが)、「ぼくさきに帰るね」という宣言になっちゃうので、気をつけないといけない。なんにせよぼくはここで暮らしたいと思った。
 ぼくは外からやってきた身で良かったなとも思う。両親はふたりとも東京出身だが、子どもの頃からしきりに「なんでこのひとたちはぼくをわざわざこんな田舎で産んだのだろう、都会にいてくれればきっともっと楽しいのにな」と思っていた。けれど、実際に上京したら、両親の選択に感謝しなければならなくなった。ぼくはこうして部外者の目で都会を観ることができたし、その魅力や特徴をじっくり観察することができた。さらにそれと自分の生まれ育った土地を比較してとらえなおすこともできた。両親があんな山と海と畑しかない土地を選んだ理由は今になればわかるような気がする。ましてや80年代の終わり、奇妙な90年代を迎えようしていたあの時期の都会には、今とはまた別の不穏な空気がたちこめていたはずだ。
 都会には、地方からやってきた部外者によって輝きを増すという側面もある。むしろ都会を魅力的に描くのが田舎者の使命のようなものだ。そして、それには都会で育ったひとの案内が必要となる。ぼくにはその条件が揃っている。
 まだまだぼくの都会生活は続くだろう。大勢の人間が同じ方向に早足で歩いている中に、奇妙な気持ちで加わったり、素面でありながら大声で熱唱しながら歩いているひとを見かけて笑いそうになったり(実際笑う。ぼくはちょっと変だと思うとすぐ笑う)、心ないことを言うひとを見て「こんなひともいるのか」と思ったり、それでもそんなことどうでもよくなるくらい、ぼくは楽しい日々をおくっている。

2016年3月3日

営業報告:「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて〜」文庫装画


 2014年の春から「週刊文春」(文藝春秋)で連載していた山内マリコさんの「お伊勢丹より愛をこめて」がこのたび文庫化されました。連載時にはモノクロだったぼくの挿絵も全てカラーで掲載される上、装画も描き下ろさせていただきました。タイトルや著者名、下部の「文春文庫」も手描きとなっております。装画の描き下ろしは初めてで、イラストレーターとしての目標でもあったので、とてもうれしいです。


 週刊連載の際はモノクロの掲載でしたが、実際は全てカラーで描いていました。不慣れな始めの頃は、着彩したものがモノクロ誌面ではどのような具合になるかが、いまひとつつかめず(もちろんモノクロ変換の作業も自分でしていましたが、実際に紙に刷られた感じは想像するしかなかったわけで)、誌面で見ると思ったよりぼんやりしていた、なんていうこともあったのですが、途中からは「黒ベタがこれくらいあって、なにも塗らないところがこれくらいあるとメリハリがつく」、というようなことがわかってきてました。


 装画以外では目次のちょっとしたアクセントを描きました。買い物エッセイに登場する数々のアイテムとともに、山内さんの愛猫チチモがいます。


 帯がつくとこんな感じ。文庫本という非常に慣れ親しんだ媒体に自分の絵がついている、という実感がじわじわとやってきます。
 帯がついていると、一見リッチなハイブランドの袋や箱ばかりが並んでいるように見えますが、


 帯を取ると、その下には現代日常生活ではおなじみのお店の袋や箱が現れるギミックとなっています。ちなみに一番右端にあるのは、山内さんの地元・富山で唯一の百貨店、大和(ダイワ)の紙袋。

 山内さんの著作が好きで、最初はいち読者でしかなかったのが、新連載の挿絵を描かせていただくことになったときは夢のようでした。文庫化で装画も描かせていただき、とうとう大好きだった作家さんの著作群の中に自分の絵が加わったと思うと、うれしくてたまりません。
 雑誌連載の仕事は初めてでしたし、「週刊文春」という大御所となると自然緊張しました。毎週描くというのも初めての経験で、一週間の仕事ペースみたいなものがだんだん形作られたと思います。前述したような、「印刷された形をイメージして計算する」ということの必要性も学ばせていただき、連載がはじまったときと終わったときでは随分自分の描くものも変わり、技術面でも発展したところがあったと思います。これからもあの連載での挿絵の仕事はぼくのキャリアの基盤的なものとしていろいろな面で生きてくると思います。

 「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて」は文春文庫より3月10日発売です。