2016年7月17日

『ブルックリン』感想


 家を出て上京したひとなら「実家に帰省したら食卓でお客さん用の箸を出された」ことやそれに似たような経験はあると思う。都会の忙しい日々に疲れて帰省し、最初の二日くらいは楽しいのだけれど、何日か滞在しているうちに飽きてきて(自転車を20分くらい漕がないと最寄りのコンビニにも行けない)そうこうするうちになににうんざりして地元を飛び出すに至ったのかを改めて思い知り、やがてはまた東京に"帰る"ことに……。本作の物語をそんな経験と比べてしまうとさすがににべもない上にだいぶスケールダウンするのだけれど、その根底には同じものようなものがあると思う。故郷に戻れば確かに安心する。けれど、一度旅立ってしまった身としては、また出ていかなければならないのだ。別の場所に帰るところをつくってしまったのだから。
 アイルランドとニューヨークで、まったく同じ時代に見えないほどの差があり、アイルランドでの描写はややカメラが揺れているようにも感じられたりして、言い知れぬ閉塞感や不安を覚えたりするのだけれど、緑色の調度品ばかりなところは普通にかわいい。雑貨屋のいじわるばあさん(ブリッド・ブレナン)の部屋も緑が多くてかわいいのだ。けれど、シアーシャ・ローナン演じる主人公にとって緑色は懐かしさであると同時に呪いでもあるんだろうな。初めてニューヨークに渡る際に着ていた少々野暮ったく重たそうなグリーンのコートも、都会に染まるにつれて脱皮するかのように脱いでしまう。着ている服の色がキャラクターやそのバックグラウンドを象徴しているという効果は好きだ。『アデル、ブルーは熱い色』('13)を取り上げたときにも登場人物たちの服の色の変化について触れたと思う(該当記事)。
 ドーナル・グリーソンがまた出ている。観るもの観るものに出ている気がする。ジュリー・ウォルターズも出ているのだけれど、『ハリー・ポッター』シリーズのウィーズリー親子が揃ったね。劇中でふたりが顔を合わせることはないけれど。ハリポタで言えばジム・ブロードベントも(スラグホーン先生)。ハリポタ世代なためかアイルランド&イギリス組は見ていて安心する。
 アイルランドものということで、公開中の映画『シング・ストリート』と合わせて観たい。どちらも不況の閉塞感に満ちた故郷から飛び出す話と言えるし(かたや50年代、かたや80年代なのにどちらも同じ時代に見えてしまうのは、それだけ不況が時間を停滞させてしまうということなのだろうか……)。『シング・ストリート』については「SPUR」8月号で紹介中。