2017年9月22日

画材について


 最近また画材を調整しているので、ここで一度振り返ってみる。
 色の塗るのは専らフォトショップでの作業になってしまったが、今もまだ線画は紙にペンで描いている。線を引くことが好きだ。ペインティングよりもドローイング派だろうと思う。
 
(よく見るとペンのお尻にたくさん噛んだ跡が……)

 ステッドラーのピグメント・ライナーと出会ったのは美術学校に入ったときだった。最初に一括で購入した画材の中にあったのがこのペンのセットだった。0.05、0.1、0.5、1.0ミリの4本セットだったと思う。このペンを使うのはもちろんドローイングの授業で、この授業には製図作業も含まれていたが、好きな授業だった。描く楽しさや大変さ、物の形の捉え方を覚えられた。授業としてはデッサンよりも自分に合っていた気がする。もちろんデッサンは軽視していないが、デッサンがどうも苦手というひとは、ペンによるドローイングという形で物や人体を描くのがいいかも。
 エドワード・ゴーリーの作風が好きだったので、0.05や0.1をよく使って描いていた。ゴーリー的な線の引き方にはぴったりだ。細かい作業も好きだし、なんといっても描き味が好きだった。滑らかで、加減次第ではかすれた線も出る。扱いやすかった。当然入学時に買ったものはすぐインクが切れたので、画材店で買い足し、他の太さも試してみた。結局いちばん多く使ったのは0.5だと思う。ちなみに学生時代によく使った画材店は神保町にある文房堂である。学校は曙橋だったので、千葉方面から通っていたぼくは新宿の世界堂まで行くよりも、都営新宿線の神保町の方が定期内だったので行きやすかった。そのおかげで神保町界隈を散策を楽しめたし、秋葉原にもよく行けた。あのあたりは今でも好きだ。ちなみに文房堂は母もよく使っていたらしい。
 
 学校を出たあとも変わらずこのステッドラーを使い続けた。しかし、だんだんと線に物足りなさを感じるにようなった。扱いやすく、思った通りの線が引けるものの、そのぶん強弱がなく偶発的な変化も出づらい。画家になる前の、商業イラストレーター時代のウォーホルの線に憧れてもいたので、ああいう途中で太さが変わったりにじんだりする線はなにを使えばいいのかなあといろいろ調べた。
 その頃は水彩絵の具で色をつけていたので、線のインクは耐水性である必要があった。それでとりあえずGペンというのを使うことにした。ゼブラだ。カートリッジ式ではなく、瓶のインクにつけて描くというところがかっこいいじゃないか。それになんだか漫画家みたい。


 これに慣れるのにはペンタブレットに慣れるのと同じくらい時間がかかった。全然思ったように引けない。意図しないところでぶちゅっと、インクが多く出てしまったりする。細かいところを描いているときにそうなったら悲惨である。それで、あまりインクをつけすぎないようにする。ペン先につけるインクが少ないとそのぶん頻繁に瓶につけなければいけなくなるけれど、変ににじむよりはいい。にじみを求めて使い始めたのに結局にじみを避けるようになってしまった。そうやって何枚もケント紙で練習するうちにいくらかはマシになり、仕事の絵もこれで描くようになった。ちなみに週刊文春での「お伊勢丹より愛をこめて」の最初のほうはステッドラーだったけれど、途中からGペン。翌年の「ヤング・アダルトU.S.A」の挿絵も全てこれで描いた。つまりこれまでの仕事のほとんどはこのペンで描かれているのだ。中には時間的問題で線画もデジタルで描いたりしているが。
 

 インクはこんなかんじ。開明のドローイングゾルーT、フィルム製図液墨。耐水性かつ遮光率が高いということで手を伸ばした。ステッドラーの製図ペンは日に当たったりすると薄くなってしまったりする。しかし、随分液体が濃いので描画面がもこもこしてしまったりする。普通のコミック用としてニッカーのコミック・インクも使った。
 それでかれこれ3年ほどGペンとインクで続けて来たが、未だに線をコントロールし切れない。似顔は必ずといっていいほどスキャン後にフォトショップのブラシで描き直すし、細かい描画もだいたい描き直す。インク量もコントロールできないのでなかなか綺麗な原画を作れない。汚くにじんだものばかり。するとだんだん原画に重きを置く感覚も薄くなってくる。紙に描くのはあくまで素体、本番はスキャンしたあとのデジタル作業というようになった。前述したようにいちからデジタルで描いたものも多い。Gペンが使いこなせないおかげで、デジタルでの描画が上達したとも言えるから、それは全然悪いことではなかった。デジタルを覚えたことで本当にいろいろと幅が広がったと思う。イラストの仕事は全てデータ納品なので、デジタル上で仕上げて完成させてもなにも問題はない。まあ、そんなわけで原画での完成度がどんどん下がっていったわけ。

 いくらでも修正、改変ができるデジタル作業に慣れきったため、アナログ作業での緊張感も薄れてしまった。どうせ後で直せるからまあいっか、みたいな感じ。
 プロのイラストレーターや漫画家の多くがGペンを使いこなしている。ぼくも使いこなせないといけないんじゃないかとずっと思って苦手ながらに使い続けて来たが、だんだんなんのためにこれを使っているのかわからなくなってきた。Gペンでへなへなに描いたものをコンピューターに取り込んでフォトショップで描き直す。この工程に意味があるのか。全くないとは思わないが、なんだかなあ。
 で、なにが問題かというと、なんと言ってもGペンがうまく使えないということにある。上達させればいいだけの話だが、これがなかなかうまくいかない。描きたいものが描きたいように描けないというのはなかなかのストレスだ。楽しくないことをあえてする必要があるだろうか。ステッドラーの製図ペンを使いさえすれば、思い通りに描けて楽しい。そりゃ確かに強弱はつけづらいが、その分いろいろな太さが用意されている。太い線が引きたければマーカーを使えばいいのではないか。
 というわけでつい最近はまた製図ペンを使い始めた。しばらくはイラスト記事中の文章部分にしか使ってなかったが、久しぶりに絵を描くのに使ってみたら、やっぱり非常に描きやすく、線の動きも読み取れて最高である。なにより手が疲れないし痛くならない。Gペンは変に力が入ってしまい手や腕が非常に疲れる。作業するにあたり手に負担をかけないのも重要だ。あえて辛い思いをしてまで描きたくない。製図ペンは非常に心地良い。今のところは自分にあった道具なのかもしれない。
 Gペンはすっかり諦めたわけではないけれど(使っていないインクもまだ随分残っている)、とりあえずメインで使うのは製図ペンがいいかもなあ。ロットリング・イソグラフというのにも興味があるので近々使ってみたい。


 おまけ。無印良品のこすって消せるボールペン。ゲルボールペンの書き味でありながらキャップ先端についているラバー部分でこすると鉛筆のように消せる優れもの。近頃の書き物は全部これ。漢字を間違えても綺麗に書き直せるので、日記のページもずいぶん見やすくなった。書き直しもできるので紙の上での創作もやりやすい。まあボールペンなので書いた跡が深いし、こすって消すたびに紙もよれよれになってしまうので、無限に書き直せるわけではない。
 画材、文具事情はこんな感じである。