2017年12月31日

雑記(4)

「ストームトルーパーのポップコーンバケツ」

 『最後のジェダイ』には大いに楽しませてもらった。一週間が経ってからは少し落ち着いてきてようやく批判的な意見にもそれなりに目を通せるようになり、なるほどそういう欠点もあるなと多少は共鳴できるようになった。しかし劇場で最初に味わったあの興奮は今でも如実に思い出せるし、ぼくとしては大満足で大好きな作品であることには変わりない。
  ただひとつ残念だったこと、というより悔しいことがあるとすればそれは、上映開始前にポップコーンとドリンクが買えなかったこと。もちろん毎週のように試写会に通っている身からすればもはや2時間かそこいら飲食できなくとも全く苦ではないのだけれど(個人的には飲食物よりも肩と首回り用のクッションのほうが欲しい)、それでもSWである。それも今作はシリーズ最長の本編で、ポップコーンの容器がストームトルーパーのヘルメットだったのだ。あれはなんとしてもペン立てかなにかに使いたかった。
  しかし、例によって売店の前にはとんでもない行列ができていた。上映開始10分前から並んでも全く列が動く気配がない。前方を見てもカウンターの中の店員が急ぐ様子も全然ない。彼らからすればいつも通りの金曜午後3時である。いつも通りの仕事してるだけっすから、みたいな感じである。これは劇場に限らずトイザらスとかロフトとか、SWとタイアップするお店全般に言えることだけれど、興味のない従業員からしたらオタクが殺到してきて本当にうんざりすることだろう。
  上映開始3分前になっても列は進まない。でもみんな全然慌てる様子がない。どうせしばらくはCMと予告が続くのがわかっているからだろうけれど、それがどのくらい続くかはいまひとつわからないし、照明が落ちてしまったあとでは席に行くのも大変だ。とにかくそういう慌てる状況というのにぼくは弱いので、なんとしても避けたい。
  とうとう上映開始時刻になったが、依然として誰も動かない。カウンターでは明らかにこの行列を予期していなさそうな数の店員(おそらく前の晩の先行上映にはたくさんいたのだろうなあ)が気だるそうにやっている。こりゃ無理だ。ぼくは諦めてスクリーンに向かう。
  案の定テレビでやっているようなCMをしばらく大スクリーンで見せられることになったけれど、2時間飲食無しでもなんら問題がなかったどころか、ものすごい集中力が発揮された。


「よくない」

 フェイスブックに愛想を尽かした。
  とは言えインスタグラムを始めたときからその更新をフェイスブックに同期していたので、ほとんどフェイスブックを直接更新することはなくなっていた。更新するものは少ない方がいい。本当ならツイッターにもインスタグラムを同期したいところだけれど、画像は表示されないし、字数制限が違い、明らかに同期のされ方がおかしいので、別々に画像をアップしている。このあたりの使い勝手は悪くなる一方で、たまに全てをやめたくなる。
  それで、兼ねてより苛立つことの多かったフェイスブックはもう放っておくことにした。メッセンジャーだけは時折届くことがあるので気にするけれど(とは言えあんな人によって使っているかどうか微妙なものを使っていて当たり前という感じで送ってこられ、気づかずにいたら無視するなと怒られるのはなんとも釈然としない)、そのほかは覗いていない。
  まず実名利用による生々しさに耐えられない。どのアカウントも実名で、実名で活動しているぼくが言うのもおかしいが。とにかくハンドルネームでない本名と顔写真が羅列している様子に耐えられなくなった。ハンドルネームで適当なアイコンのひとたちがやいのやいの言うツイッターにも疲れるというのに、本名!顔写真!おれ!わたし!みたいな感じで言いたいことを言っている空間が楽しいわけがない。匿名ならギリギリ許せる(許せないことも多いが)言動を本名顔写真でやられると、そういうひとがこの世に実在するという感じがすごくて辛い。生々しい。ぼくはインターネットを実生活の延長と見なしてはいるけれど、それは言わば図書館に行ったりするのと同じことで、図書館でゆっくりしたいときに見聞きしたくないものというのはあるのだ。図書館には図書館ならではの快適さを求めたい。同じようにインターネットにも独自の快適さが欲しい。


「クリスマス休暇」

 クリスマスは妻の実家に泊まりに行った。諸事情あって犬を預けているので彼にも会いたかったし。なんと言っても妻の部屋のベッドの寝心地が素晴らしい。よくもまあひとの家でぐうすか寝られるものだと妻から言われるわけだが、ぼくは全く気にならないから大丈夫。ぼくが気にならないからいいというわけでは絶対ないと思うが、しかし妻もまたぼくの実家で遠慮なく寝られるのだからお互い様だろう。
 妻と初めてぼくの実家を訪ねた際には、夏の昼下がり、妻が居間のソファで居眠りし、ぼくがテーブルのところでうたたねし、父が床で昼寝、そこへ帰宅した母がみんな寝てしまっているのを発見するという有様だった。世の夫婦の、互い実家との付き合いの面倒臭そうな話を思えば屈託がなく楽である。しきたり、気遣い、配慮……大変だなあと思う。
 久しぶりに犬の散歩に行ったが、思えばこの冬はこれが初めてだった。だから早朝、犬のうんちから立ち昇る湯気を見て「あったかそうだなあ」と思ったりするのもこの冬初めてのことだった。今やぼくの冬の風物詩である。
 よく眠り、チキンとケーキをご馳走になった。昨年に引き続きレゴのアドベント・カレンダーを開けるのは楽しかったし、クリスマスの絵はあまり描けなかったものの、エッセイ以上小説未満、なんと呼んでいいかはわからないがクリスマスを題材に文章も書けた。


「無駄な労力」

 『最後のジェダイ』はその実験的な作風から、あまりよく思わないひとも多いらしい。決してわからなくはないが、彼らの気に入らない部分というのは、ぼくなどからすればそこが魅力だろうという点ばかりなので、結局は前提となる実験そのものを受け入れられるかどうかだろう。
 いずれにせよSWに限らず、映画を否定や肯定といった言葉で断じたくはない。一体どんな立場から否定し、肯定するというのだろう。この言葉はあまりに強すぎるし、極端だ。ここがおもしろかった、でもあそこはいまひとつだったかも、くらいのバランスを、どうして持てないのだろう。
 気づけば素直な感想ではなく、お互いへの反論を考えてしまっているような気がする。独白であるはずのツイートも誰かへの反論と化し、それを読んだ誰かも、直接自分に宛てられたものではないが、自分の考えを否定されたような気分になり、また反論を書く(これはなにも映画の感想だけに限った現象ではない)。なにか言いたくなったときに言えてしまう世の中だから仕方がない。
 だから別に、知らないひとがなにをどう受け取ろうが知ったことではないが、身近なひとたちと意見が食い違うときには、ぼくも少しなにかを説こうとしてしまう。あの映画のいいところはこうこうこういうところで……。しかし、途中で気づく。気に入らないと言っているひとにわざわざ一生懸命良さを伝えようとしなくても別にいいと。だんだん馬鹿らしくなる。そんなことに頭を使わなくていい。そんなことをするのなら、そのエネルギーを感想を共有できる相手との会話に使ったほうが全然いい。別にそれは閉鎖空間で循環参照を繰り返すだけというわけでは決してない。作品を気に入った者同士と言ってもその気に入り方もまた人それぞれであり、共感できるところもあれば、ひとに言われて初めて気付ける魅力がある。そうして考察を深めていくのだ。
 それに気に入らないと言うひとは、はなから良いところを見ようともしないので、舌足らずなぼくがなにを言おうと響くわけがない。彼らは不満を漏らしたいだけだ。会話をしたいわけではない。そうでなければ、ひとが好きだと言っている作品についてそのひとの前で延々と悪口は言わないだろう。真面目に取り合わなくていいのだとわかった瞬間に肩が楽になった。


「教習所卒業」

 卒業してしまった。すんなりと。仮免検定の際に緊張のあまりヘマをやらかしてしまったので(坂道で発進不能4回以上)今回もあまりうまくいかないだろうと、落ちて当たり前だろうと思って挑んだら、案外うまくいってしまった。満点というわけではなかったし、だいぶ優しくされた印象があるけれど、なかなかうまくできたと思う。
 なんといっても教官がリラックスできる相手でよかった。教習でも一度当たったのことのある、物腰の柔らかい垢抜けた感じの男性である。いつぞやのジョージ・タケイみたいなおじさんではない。ひとつひとつの言葉が丁寧で、このひとのおかげでぼくはようやくアクセルの踏み加減がうまく調節できるようになったのだった。物腰が柔らかいだけでなく、どこか冷めた印象があるのもバランスがいい。そして極め付けは「あたし」という一人称である。それもすごく自然な感じの。本物の都会人の匂いがする。
 年内に卒業できて本当によかった。気持ちよく年が越せる。まだ筆記試験が残っているので免許を取ったわけではないが、少なくとも教習期限を気にして生活しなくていいのだ。4月からずっとスケジュールに影を落としていたものが綺麗に無くなったのだ。


「LINEに行く」

 LINEに行った。と言うとおかしいが、LINEのオフィスにお邪魔した。例の「LINEマンガ STAR WARS インディーズアワード」のノミネート賞の賞品を受け取るため招かれた。この場を借りて報告すると、ノミネート賞という結果だった。もちろんそれだけでも十分な成果だと思う。なんといっても初めて描いた漫画形式の作品でそういう評価をもらえたのはうれしい。普段の作品にも変化が現れるかもしれない。というか、コマ割りされた形式のものをどんどん描きたくなった。絵が描けて、物語を創作したいという意欲があるのならどんどんやるべきだろう。グラフィック・ノベルとかをやりたい。
 

 エントランスにどんと鎮座する巨大なLINE熊にニコニコな26歳。社内のいたるところにキャラクターがいて楽しかった。