2018年3月10日

ハリー・ポッターのカバーを考える




 やはり最初の3巻がおもしろい。『ハリー・ポッター』との出会いは10歳の夏休み、父の知り合いのペンションかなにかを訪ねた際(泊まったわけではない)そこの暖炉の上かなにかに紺と赤と深緑の三冊が並んでいるのを見かけたのがはじまりである。8月の終わり頃で外は明るい曇り空だった。あの明るめの曇り空のイメージは今でもこの作品と結びついている。
 3巻までは比較的のんびりしているというか、魔法の世界観を紹介するための日常感が強い。もちろん1作ごとに冒険と対決があるんだけど、まだ宿敵との直接対決には至っていない。4巻でヴォルデモート卿が復活を果たし、それ以降学校での日常をのんびり描くような余裕はどんどん減っていくし、シリアスさの度合いも強くなっていく。最初の3巻は4巻以降の戦いへの序章と言ったところだ。
 ファンタジーとしてのかわいらしさに満ちているのも、最初の3巻まで。そのあとももちろん不思議な世界が描かれるが、つねに暗さや血生臭さはついてまわる。映画版のほうも同じで、3作目まではポップなファンタジーという雰囲気がある。最初の2作はクリス・コロンバスによる温かみのある世界観で、3作目はメキシコ人監督アルフォンソ・キュアロンがポップとダークを両立した色彩で描いて見せた(ちなみに同じくメキシコ人監督のギレルモ・デル・トロも3作目の監督候補だった)。キュアロンの作風は原作者にとってはいただけないものだったようだけれど、ファンからは前の2作よりも原作のイメージに近いとして受け入れられたとか。ぼくも3作目の雰囲気は好きだが、確かに少しクドい部分はあるかも。いずれにせよ、コロンバスによる2作の雰囲気は、まだまだ魔法の世界に不慣れでピュアな1年目と2年目にぴったりだし、キュアロンによるダークな3作目も、思春期を迎えて少し大人びて、両親の死の真相と対峙する3年目にぴったりだったと思う。ちなみにジョン・ウィリアムズが作曲を手がけたのも3作目まで。
 というわけで、原作も映画版も、3年目までとそれ以降とで物語を分けることができる。